片野天神社-かたのあまつかみのやしろ-
片野天神社
鎮座地

大阪府枚方市樟葉丘2-19-1

御祭神

光仁天皇、天児屋根命、菅原道真公

祭日

例祭  10月17日

由緒

 当社は元交野天津神と称したが、中古に至って樟葉神社と改め、後に天神宮と改め、その後天神社と称したが、明治二十一年二月更に今の社名に改称された。
 社記によれば、延暦六年十一月五日桓武天皇の交野に昊天を郊祀あるに際し、御父高紹天皇(光仁天皇)を配祀し給いものが、即ち当社の起源であると伝えられている。
 元は本地一円の氏神であったが、慶長の頃町村が分離して二社を建立し、一社には天児屋根命(春日神社)、一社には菅原道真公(天満宮)を奉斎したが、明治五年に再び当社に合祀された。
 本殿および末社八幡神社々殿は、共に一間社流れ造り(我国最古のもの)で、誠に最小建築ではあるが、他にその類例を見ない特殊な構造を有しているために、我が国建築美術上最も価値ある物と認められ、明治二十一年一月六日古社保存金として内務省より金五〇円を下附せられ、大正六年四月五日付を以って特別保護建造物に、また昭和二十五年八月二十九日重要文化財に指定された。
 境内東北壇上の末社貴船神社は、太古より当郷の氏神であったが、桓武天皇の御宇先帝を当社山内の中央に御追尊になり、以後度々御行幸給いしにより、当郷の氏神と仰ぎ、先の氏神貴船神社を境内神社として継体天皇御即位の跡(即ち樟葉の宮)を永久に記念せんがために、同所に移転の上継体天皇を奉斎した。大阪府及び教育委員会より標石を建立された。